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2009年3月

「食は中華にあり」の本当の意味

一、

最近、中国に関する本と論文、それと随筆等を読んで、色々考えさせられることがある。真面目な研究もあれば、思い付きみたいなものもある。ただし、感情に走らずに、平常心で考えることもその前提条件の一つである。

たとえば、日本料理と中国食とを比べながら、議論を展開するものも随分ある。中には、中国食を目玉にして、「油!油!油!」と連呼し、感情的に相容れないところを論じている学者もいるが、それを読みながら、驚かずに入られなかった。この間、中国人との交渉術の研究者が書いたものを読んで、なるほどと思ったところが数多くあった。でも、時には感情論に陥って、中国料理を「邪道料理」と貶していた。実のところ日本料理にしても、中華料理にしても、元々種々の歴史的な条件で培われてきたもので、それぞれ長短がある。要するに、冷静にそれを考えることが必要であると思う。歴史的に、地理的に、それぞれの食文化にはその基本的な特徴がつけられているもので、優劣というよりも、それぞれの独特の味を楽しんでいればいいのではないかと思う。

実を言うと、中国料理は中国の風土と中国の地理で決まったものである。中国料理に詳しい人たちの話を聞くと、中国料理と一口に言っても、実のところ、幾つかの流派に分かれている。しかし、基本的には、南方系と北方系との両方があると言えよう。しかし、南方系にしても、北方系にしても、中国は大陸国家であるので、その食物は基本的にその大陸という地理的条件からきているものと見てまず間違いがないと思う。だから、材料の種類からいえば、農作物が多いとともに、肉類が多用されている。

中国で俗に言えば、「山の幸、海の幸」という表現であるが、実のところ、中国料理には魚の料理が本当に少ない。普通の中国人にとっては、年末の大晦日の食卓にはどうしても魚の料理が一品なくてはならないことになるが、しかし、この魚料理も川の魚が殆どで、実にさびしいものが多いのである。要するに、中国人にとっては、一年間働いて最後の食事であるから、「年々余あり」と祈るので、その「魚」と「余」とは発音が同じものなので、これで掛詞を使って、一年間働いて少しは余っていることを祈っているのである。普通のとき、魚料理が少ないことが事実である。

中国の食生活は基本的に大陸的である。海岸線がさほど少なくはないが、中心部は海に遠い。だから、料理の材料としては魚を使うことが少ない。特に、日本料理には魚を材料とする料理が基本であるのに対して、中国料理には魚、特に海の魚を材料とする料理が極僅かしかない。魚はまれにない料理の材料なのである。だから、魚はその希少価値で非常に高くなるし、高級料理と見られる。中華料理には、ふかの鰭というものがあるが、これは大変高価なもので、非常に豪華な料理と定められるが、実のところ、どれほどの栄養価値があるか、本当に怪しいといわざるを得ない。

一方、肉料理であるが、実はこの肉料理の材料も貯めたものが多い。日本でも歴史的に関東地方は上方から見下ろされて、食材についても新鮮なものが希少価値があるもので、食材の腐敗を防ぐために種々工夫してきた。だから、「くだらない」というような言葉が残っているほどである。中国ではこれは尚更のことになる。中国の南部へ行ってみればわかると思うが、家庭には必ずといっていいほど自家製のハムを作っている。そのうち、有名な「金華火腿」というものはあるが、実のところ、これは燻製のハムになっているのである。要するに、新鮮なものではない。簡単に言うと、ナマの新鮮なものを材料とする料理は少ない。

古人の知恵であるが、貯めた材料は新鮮な味がついていないが、別の方法で食べるときに味をつけることが考案されてきた。そこで、味を出すという意味で、どうしても煮込みという料理法になる。このようにして、元々無味、あるいは新鮮でないというようなところを補って、人工的な味を出さないといけないことになる。だから、中華料理には、煮込み料理が多いのに対して、ナマの味を生かす生の料理が殆どない。それに対して、日本は海に囲まれている島国で、どこも海に近いので、魚は身の回りにあって、身近の料理の材料として、新鮮さを生かされて、ナマの料理が多い。要するに、地理条件に左右されているので、日中の料理はそれぞれ特長を活かされている。

大体、大陸民族の料理は煮込みが多い。新鮮な材料が手に入れにくいので、材料の味を活かすのではなく、材料に味をつける料理法が取られる。世界では、ヨーロッパのフランス料理は中華料理と双璧になっているが、実はこのフランス料理も基本的に煮込み料理が主たるものが多い。考えれ見れば、それは当然なのかもしれない。フランスも一部の海岸線を除いては、基本的に大陸の国で、この大陸民族も同様に煮込みで料理の味をつけるのである。料理の手続きとしては、材料をなんらかの液体のものに浸かって、それに味付けするやり方が基本である。

それでは、中華料理はおいしいか、それともおいしくないか?味についての感覚はそれぞれ個人差があるので、一概には言えないが、全体から言えば、中華料理は、いわゆる「色、香り、味」という三つの要素で品評されている。だから、特にレストランの料理は考究されているもので、それなりにおいしく作られていると思う。

そして、よく「食は中華にあり」と言われているが、実のところ、むしろ中華料理の多様性はその意味をなしているのではないかと思う。それだけ広い土地があるので、東西南北、それぞれの食材があると同時に、それぞれの味の習慣がある。そのため、中華料理には、普通四つの系列とか、六つの系列とか、あるいは十の系列と言われている。魯(山東)、蘇(上海あたり)、川(四川)と(広東)等の地方には、独特の風味の料理があって、特色をそなえている。だから、中華料理といっても、むしろその多様性に注目して、味わいをしたほうが本当の正解ではないかと思う。

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文化の相互理解を促進しよう

日中両国民の相互理解は両国関係の基盤になるとも言える。しかし、この相互理解は種々の次元にわたっているし、その中には、政治的次元、経済的次元また文化的次元等が含まれている。

ここ数年間、政治的次元の理解と国家関係改善は種々の場面を見せてきたが、最近、北京での五輪開催があって、開催国としての中国は注目されているし、五輪のメダルも激しい競争を引き起こしている。なお、福田総理は元々アジア外交重視の姿勢を見せてきたし、急に辞職したが、在任中東シナ海油田の協力は相互の理解と了解を経て、比較的順調に進んできたし、麻生総理も、中国の発展を喜ぶと宣言し、就任早々、訪中の計画を立てて、対中政策重視の姿勢を示した。全体からいえば、政治的次元における日中関係は相当改善されている。

しかし、文化的次元における相互理解は、その含蓄が深いので、時間をかけて深める必要があると言われている。その上、この文化的次元における理解はやすやすと深まることなく、なかなか難しいかもしれない。本来、歴史的に長い交流があったし、日本での漢学も精密を極めている。中国においても、日本文化についての研究も従来重視されてきた。しかし、それにしても、この理解はやはり難しい。最近読んだ中国文学に関する解説がその例の一つになっているかもしれない。

先日、最近出版された中国古典小説選の第11巻を読んでみると、その解題、翻訳と解説は相当精密を極めているし、中国文学に対する理解も造詣が深い。私は日中文化の比較を40年間勉強してきたが、それにしても、時々読めないところがあるし、また戸惑っていることもある。しかし、この著書を読んでみれば、その解説と理解は届いているところが多い。感心していると同時に、感激している。

しかし、その理解の難しいところを見せていることもある。この著書の第1話にはすでにこのような問題が出ている。本著のP4には第1話の物語とその解説が載っている。そのタイトルは「無鬼論」となっている。非常に簡単な物語であるが、要するに、「妖怪は人によって起こる」という作者の考え方を示している。少し長いかもしれないが、全体の意味を理解するために、あえてこの短い物語を下記の通り引用する。

「川間唐生、好戯侮。土人至今能道之。所謂唐嘯子者是也。有塾師好講無鬼。嘗曰、阮瞻遇鬼,安有是事。僧徒妄造嗤语耳。唐夜土其窓、而嗚嗚撃其戸、塾師問其誰、則曰、我二気之良能也。塾師大怖、蒙首股栗、使二弟子守達。旦次日、委頓不起。朋友来問。但呻吟曰有鬼。既而知唐所為、莫不拊掌。然自是魅大作。抛擲瓦石、搖撼戸牅、无虚夕。初尚以為、唐再来。細察之,乃真魅,不勝其  、竟棄館而去。盖震懼之後、益以慙  、其気起已餒。狐乘而中之也。妖由人興、此之謂也。

中国の古典の原典には、記号が使わないので、多分全体としてつながっている形になっている。どんなテキストを使っているかよく分からないが、よく見れば分かると思うが、この巻の「閲微草堂筆記」の第一話では、元々下記のようなところがあるはずである。

⋯⋯⋯⋯唐夜土其窓而嗚嗚撃其戸塾師問其誰則曰我二気之良能也塾師大怖蒙首股栗使二弟子守達旦次日委頓不起┅┅」

中国の古典は記号が使われないので、如何に句切りをするかというのは、基礎の学問になっている。昔、儒学の学習者が小さい時最初に習う技術の一つは、即ち「句点」である。具体的に言えば、点を使って、文の切り方を身につける。句切りは基本中の基本であるとも言える。文を正しく切って、その意味を理解する。もしも切り方が正しければ、理解が出来る。逆に切り方が間違っていれば、意味の理解も阻害されることになる。問題はこの著書における上記のところの切り方なのである。

著者はこのところを下記の通り切っている。つまり、

「唐夜土其窓、而嗚嗚撃其戸、塾師問其誰、則曰、我二気之良能也。塾師大怖、蒙首股栗、使二弟子守達。旦次日、委頓不起┅┅」

上記の切り方は基本的に正しいと言える。しかし、ただ一箇所だけ、疑問に思って、もうちょっと考究を必要とするではないかと思う。即ち、

塾師大怖,蒙首股栗,使二弟子守達。旦次日,委頓不起┅┅」

ここでは、丸の句点を使って、守達のところで文を切っている。そして、その次のところ、「旦次日」として、文の頭になっている。これでは、文の切りには疑わしい嫌いが出てきている。

本当を言うと、このところの句切りは、「達」と「旦」の両方を繋がなければならないことになる。要するに、「達」という動詞の後ろには、その到達する場所あるいは時間を示さなければ、意味が十分にはならない。「達」だけで終わるだけでは、どこまで到達するか分からないので、不完全なものになる。そして、ここでは、「使二弟子守達旦」と区切って、その意味がはじめて完全なものになって、朝まで守らせるという意味を表しているわけである。動詞とその後の語はつながらなければならないし、このように、「達旦」となって、動詞「達」は初めて意味を成すことになる。

なお、一歩進んで考えてみれば、その次の「次日」も初めてはっきりとした表現になる。でなければ、本文のように句切りをするならば、「旦次日」というのは、どうもすっきりしないし、意味としてもおかしくなる。無理にそれを「旦けて、翌朝」と読み下しをしても、その「あけて」というのは、唐突であるし、また、実のところ、これが通じないことになる。だから、そこの句切りは明らかに再考する必要があると思う。

だから、そこの読み下しは下記の通りとなっているが、どうも違和感があるように思われる。

「二人の弟子を守り達せしむ。旦けて、次の日、委頓として起きず。」

しかし、日本語の現代文に訳しているところでは、今度は、「朝まで守らせる」と処理している。その根拠はどこにあるのか分からないが、明らかに原典の句切り及び読み下しと違っていることが腑に落ちない。

本当を言うと、ここの箇所は下記の通り、正確に文の区切りをすることが必要ではないかと思う。即ち、

「唐夜土其窓、而嗚嗚撃其戸、塾師問其誰、則曰、我二気之良能也。塾師大怖、蒙首股栗、使二弟子守達旦。次日、委頓不起┅┅」

本著は「「閲微草堂筆記」を選んで注釈しているが、テキストとしてどんな原典を使っているか分からないが、しかし、いずれにしても、この句切りは確かに改めて検討する必要があると思う。

これはただ非常に簡単な実例の一つに過ぎない。ここで断っておくが、本書は非常に優れた中国文学の著書であるし、中国の古典を理解するために非常に役立つものである。また編集者と作者も中国文学の造詣が非常に深く、その解説も大変優れている。正に「瑕、瑜相掩はざるもの」である。この実例自身は偶然の「瑕」に過ぎず、全体としての「瑜」は大きいものである。この実例をあげたが、そのもの自身が本意ではない。ただ、これをあげて、相互理解が如何に難しいかを説明しようとするだけである。中国文学を長いこと研究し、深い造詣を持っている優秀な研究者でも、時には大変な誤解を招くこともある。ここからもわかると思うが、実のところ、文化の理解は大変難しいものと言わざるをえない。

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