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「食は中華にあり」の本当の意味

一、

最近、中国に関する本と論文、それと随筆等を読んで、色々考えさせられることがある。真面目な研究もあれば、思い付きみたいなものもある。ただし、感情に走らずに、平常心で考えることもその前提条件の一つである。

たとえば、日本料理と中国食とを比べながら、議論を展開するものも随分ある。中には、中国食を目玉にして、「油!油!油!」と連呼し、感情的に相容れないところを論じている学者もいるが、それを読みながら、驚かずに入られなかった。この間、中国人との交渉術の研究者が書いたものを読んで、なるほどと思ったところが数多くあった。でも、時には感情論に陥って、中国料理を「邪道料理」と貶していた。実のところ日本料理にしても、中華料理にしても、元々種々の歴史的な条件で培われてきたもので、それぞれ長短がある。要するに、冷静にそれを考えることが必要であると思う。歴史的に、地理的に、それぞれの食文化にはその基本的な特徴がつけられているもので、優劣というよりも、それぞれの独特の味を楽しんでいればいいのではないかと思う。

実を言うと、中国料理は中国の風土と中国の地理で決まったものである。中国料理に詳しい人たちの話を聞くと、中国料理と一口に言っても、実のところ、幾つかの流派に分かれている。しかし、基本的には、南方系と北方系との両方があると言えよう。しかし、南方系にしても、北方系にしても、中国は大陸国家であるので、その食物は基本的にその大陸という地理的条件からきているものと見てまず間違いがないと思う。だから、材料の種類からいえば、農作物が多いとともに、肉類が多用されている。

中国で俗に言えば、「山の幸、海の幸」という表現であるが、実のところ、中国料理には魚の料理が本当に少ない。普通の中国人にとっては、年末の大晦日の食卓にはどうしても魚の料理が一品なくてはならないことになるが、しかし、この魚料理も川の魚が殆どで、実にさびしいものが多いのである。要するに、中国人にとっては、一年間働いて最後の食事であるから、「年々余あり」と祈るので、その「魚」と「余」とは発音が同じものなので、これで掛詞を使って、一年間働いて少しは余っていることを祈っているのである。普通のとき、魚料理が少ないことが事実である。

中国の食生活は基本的に大陸的である。海岸線がさほど少なくはないが、中心部は海に遠い。だから、料理の材料としては魚を使うことが少ない。特に、日本料理には魚を材料とする料理が基本であるのに対して、中国料理には魚、特に海の魚を材料とする料理が極僅かしかない。魚はまれにない料理の材料なのである。だから、魚はその希少価値で非常に高くなるし、高級料理と見られる。中華料理には、ふかの鰭というものがあるが、これは大変高価なもので、非常に豪華な料理と定められるが、実のところ、どれほどの栄養価値があるか、本当に怪しいといわざるを得ない。

一方、肉料理であるが、実はこの肉料理の材料も貯めたものが多い。日本でも歴史的に関東地方は上方から見下ろされて、食材についても新鮮なものが希少価値があるもので、食材の腐敗を防ぐために種々工夫してきた。だから、「くだらない」というような言葉が残っているほどである。中国ではこれは尚更のことになる。中国の南部へ行ってみればわかると思うが、家庭には必ずといっていいほど自家製のハムを作っている。そのうち、有名な「金華火腿」というものはあるが、実のところ、これは燻製のハムになっているのである。要するに、新鮮なものではない。簡単に言うと、ナマの新鮮なものを材料とする料理は少ない。

古人の知恵であるが、貯めた材料は新鮮な味がついていないが、別の方法で食べるときに味をつけることが考案されてきた。そこで、味を出すという意味で、どうしても煮込みという料理法になる。このようにして、元々無味、あるいは新鮮でないというようなところを補って、人工的な味を出さないといけないことになる。だから、中華料理には、煮込み料理が多いのに対して、ナマの味を生かす生の料理が殆どない。それに対して、日本は海に囲まれている島国で、どこも海に近いので、魚は身の回りにあって、身近の料理の材料として、新鮮さを生かされて、ナマの料理が多い。要するに、地理条件に左右されているので、日中の料理はそれぞれ特長を活かされている。

大体、大陸民族の料理は煮込みが多い。新鮮な材料が手に入れにくいので、材料の味を活かすのではなく、材料に味をつける料理法が取られる。世界では、ヨーロッパのフランス料理は中華料理と双璧になっているが、実はこのフランス料理も基本的に煮込み料理が主たるものが多い。考えれ見れば、それは当然なのかもしれない。フランスも一部の海岸線を除いては、基本的に大陸の国で、この大陸民族も同様に煮込みで料理の味をつけるのである。料理の手続きとしては、材料をなんらかの液体のものに浸かって、それに味付けするやり方が基本である。

それでは、中華料理はおいしいか、それともおいしくないか?味についての感覚はそれぞれ個人差があるので、一概には言えないが、全体から言えば、中華料理は、いわゆる「色、香り、味」という三つの要素で品評されている。だから、特にレストランの料理は考究されているもので、それなりにおいしく作られていると思う。

そして、よく「食は中華にあり」と言われているが、実のところ、むしろ中華料理の多様性はその意味をなしているのではないかと思う。それだけ広い土地があるので、東西南北、それぞれの食材があると同時に、それぞれの味の習慣がある。そのため、中華料理には、普通四つの系列とか、六つの系列とか、あるいは十の系列と言われている。魯(山東)、蘇(上海あたり)、川(四川)と(広東)等の地方には、独特の風味の料理があって、特色をそなえている。だから、中華料理といっても、むしろその多様性に注目して、味わいをしたほうが本当の正解ではないかと思う。

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