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2009年11月

李白の白髪

李白の詩歌は夢想の世界を飛んでいるもので、現実離れしているからこそ、あれだけ人々を感動させ、魅了させる歌ができると言われている。しかし、本当にそうであろうか。よく言われているが、文学作品は読者によって絶えず再解釈されている。同じ作品は読み方によって、あるいは読む人によって理解が全く異なってくる時もある。作品自身の意図またはその含蓄には一向構わずに、作品は一人歩きすることが多い。最近、李白の詩歌を再読して、深くそう感じられていると同時に、むしろ李白も相当現実的な一面があって、それを歌に滲ませているところも多いのではないかと思われる節がある。その一つは李白の詩歌に一度ならずにして「白髪」がでてくることである。

若い時、李白の詩歌をよく読んでいた。そのロマンチックな筆法を本当に感心させられてしまった。「嫡仙」と呼ばれていたが、まさに地上の人間ではなく、夢のまた夢という世界に引き連れられて、若い心もドキドキして、夢の世界を満喫することが出来ていた。振り返ってみれば、やはり若い時には若さが湧き上がって、自分も李白の世界を鑑賞することも出来たし、また李白はロマンチックな詩人と考えていた。それが若さそのものであるかもしれない。

この頃、李白を再読すると、どうも気になることが一つ感じられている。昔、「君見ずや、高堂の明鏡を悲しみ、朝には青糸が如しも暮には雪となるを」というような文句を読んで、ただ、「ああ、李白はよくもこれほど創造力がつよいナー」と思ったが、しかし今この一句を読んで、「なるほど、李白はこれほど人生の流転と時の速さがよく分かる」と感心させられる。実は自分もこの頃毎朝洗顔の後鏡を照らすと、いつも両鬢の白髪が気になる。昔さばさばとした髪は徐々にやわらかくなっているし、粗いものが細くなっているし、てっぺんには随分薄くなっている。そして、両鬢には白髪が日に日に顕著となってくる。人生は本当に早いものだなーと思わずにいられない。そして、李白の詩歌には白髪がよく出てくることを自ずから思い出した。

若い時の李白は本当に意気揚揚であった。「天、我が才を生じて、必ず用有り」と絶対の自負を持っていた。実は僕も少年時代にそれをよく読んで自分を励ましていた。しかし、今それを読んで、ちょっと違う考え方が出てくる。少しは世間知らずではないかと思われる。よく考えてみれば分かると思うが、李白の数回の失意は何れも自分の傲慢がその根にあるように思われる。

元々彼は辺境地域に生まれたもので、「外人」と言っても文句がないというような身分なのである。少なくとも少数民族地域の出自と育てなので、中央の世界に出てくると、世の中をよく知らずに、官僚の阿吽の呼吸もよく分からない。人間関係が相当難しかったと簡単に想像できる。宦官の高力士の告口で長安を追放されたが、実はもっと多くの人々も彼を嫌がっていたのではないか。いくら才能があったにしても、彼の不遇は目に見えている。その結果、失意と悩み、その上焦りと怒りも想像できる。結果的には、彼の白髪ではないかと思われる。

そのため、「人生、意を得なば、須らく歓を尽くすべし」と主張した李白で、「千里の江陵、一日にして還る」と歌った時代に軽快なテンポで詠っていたが、この「酒を将に進めんとす」の時期になると、どうも酒を以って憂いを解消しようという感じがせずにはいられない。

多分年を取るにつれて、李白は相当白髪が出ていると思われる。六十歳前後、李白は政治的恋愛をして、大失敗をしてしまった。永王に仕えたが、その後永王の失脚によって、李白は危うく殺されそうになって、やっと流刑ですまされたが、彼には大きなショックだったに違いない。この時、生理的に白髪が球に増えたことが想像される。

この時期に作られた詩歌には、「秋浦の歌」というのがある。そこには、白髪が歌の竜新となっていることは誰でも分かると思う。それによると、「知らず、明鏡のうち、何れの処から秋霜を得たる」と感無量であったが、それを誇張に「白髪三千丈」と詠って、自分の心情がそこににじませている。

これまでには、この白髪を詠う「秋浦の歌第十五」は絵になれないし、理解も難しいと言われてきたが、実をいうと、やはり読者あるいは解説者にはそれと似たような実感がないと、なかなか李白の筆致が分かることが出来ないのではないかと思う。彼がはっきりと言っているが、この長い白髪は「愁いに縁ってこれが如く長い」と言って、愁いを詩歌の竜眼としている。

なお、流刑の時期に作られた詩歌の一種には「山峡を上る」というのがある。「覚えず、鬢、糸と成る」というのは彼の感慨である。短期間に「白髪三千丈」となるのは不思議かもしれないが、実はそれは現実的にできるのである。春秋時代には、呉の武子胥は追っ手に追われて、昭関で進むことが出来ず、一夜のうちに頭髪は全部白髪になったという記載がある。そこから考えると、李白は流刑にされて、非常に悩んでいたし、多分悔しかったという気持ちも強かったと思われるので、そこで急に白髪がたくさん出来たというのは頷ける。

李白の白髪は現実的なもので、彼は現実的な世界から抜け出すことが出来なかった。確かにロマンなところが多いかもしれないが、人間である以上、風を食らって暮らせない。現実な感覚で自然に心情を語るところがどうしても出てくる。華麗な夢の世界の裏には本音が知らないうちに出てくる。私も年を取ってから李白の心情をある程度理解できるようになっている。昔の自負を励ますような心もあったが、今のように李白の真意を理解することもできる。同一の読者でもその時時の境遇と思索によって李白の歌に異なった意味がこもられていることが解釈されることがある。要するに、李白の白髪に託した彼の現実的な一面があるので、単なるロマンチックな詩人と決めつけることは慎重を要するものであるし、多面的に李白を理解することが求められている。

本当を言うと、李白は奔放な性格だから、そこが魅力的なところだ。「黄河の水、天上から来たり」と「一杯、一杯また一杯」はその楽観の精神を示しているし、白髪が増えているにしても、「天、わが才を生じて、必ず用有り」と詠っているところがわれわれへの示唆になっているかもしれない。

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